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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)4995号 判決 1993年2月24日

原告

岡村貞男

右訴訟代理人弁護士

上条貞夫

井上幸夫

加藤健次

牛久保秀樹

神田高

被告

東日本旅客鉄道株式会社

右代表者代表取締役

住田正二

右訴訟代理人弁護士

風間克貫

畑敬

三浦雅生

熊谷信太郎

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  原告が被告に対し雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認する。

二  被告は、原告に対し、金三〇万七一二五円及びこれに対する昭和六三年三月二五日以降支払済みまで年六分の割合による金員並びに昭和六三年四月以降毎月二五日限り金三〇万七一二五円を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、原告が、被告の原告に対する懲戒解雇処分について、懲戒事由に該当する事実が存在せず、また、仮にこれが存在するとしても、懲戒権の濫用あるいは不当労働行為に該当し、無効なものであると主張して、被告に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認及び賃金の支払を求めた事案である。

二  基礎となる事実関係

次の事実は、当事者間に争いがないか、又は、末尾記載の証拠によって認めることができる。

1  被告は、昭和六二年四月一日、日本国有鉄道(以下「国鉄」という。)の事業のうち東北及び関東地方を中心とした事業を承継した株式会社である。

2  原告は、昭和三一年国鉄職員として採用され、昭和四九年九月から武蔵小杉駅に勤務し、昭和六一年一一月一五日新宿人材活用センター、昭和六二年三月一〇日事業部兼務立川駅在勤に配転された。その後、原告は、昭和六二年四月一日被告に採用され、東京圏運行本部・新宿駅営業指導係、新宿要員機動センター立川支所を経て、昭和六三年二月二〇日の懲戒解雇処分当時は、東京要員機動センター営業指導係・関連事業本部兼務・東京在勤の職にあって、自動販売機の管理、入替え及び清掃作業に従事していた(<証拠略>)。

3  また、原告は、国鉄労働組合(以下「国労」という。)の組合員であり、昭和五〇年以降、国労東京地方本部武蔵小杉駅分会の副分会長、分会長、副分会長をそれぞれ歴任した後、昭和五七年に再び分会長となり、新宿人材活用センターに配転された後も昭和六二年三月まで分会長の地位にあった(原告本人)。

4  原告の昭和六二年一一月ないし昭和六三年一月までの賃金は、それぞれ三〇万〇六一三円、金三〇万四九五二円、金三一万五八一〇円であり、三か月の平均賃金は三〇万七一二五円である。なお、被告における賃金は、毎月二五日に当月分が支払われている。

5  被告は、昭和六三年二月二〇日、原告に対し、懲戒解雇の意思表示をした(以下「本件懲戒処分」という。)。

三  争点

1  本件懲戒処分に懲戒事由が認められるか。

2  本件懲戒処分が権利濫用又は不当労働行為といえるか。

四  当事者の主張

1  被告

(一) 本件懲戒処分の懲戒事由(昭和六三年一月二六日夜から翌二七日にかけての原告の武蔵小杉駅における行為)

(1) 武蔵小杉駅は、川崎・立川間を結ぶJR南武線にあり、昭和六二年度の一日平均の乗車客数七万五五八四名(乗降客数はこの二倍)で、東京急行電鉄東横線と相互乗入をするいわゆるターミナル駅である。同駅の構造は橋上駅と呼ばれるもので、一階地上に上りと下りの二本のホームが存在し、改札口、改札事務室、自動券売機、出札事務室、駅長室等はすべて二階に位置する。

(2) 原告は、昭和六三年一月二六日午後一一時三三分頃、酒気を帯びて同駅改札事務室に無断で立入り、放送設備を無断で使用して、同駅構内全域に「国労つぶしの田中助役さん、本屋改札事務室まで。」と二回放送した。

(3) そこで、武蔵小杉駅助役田中和造(以下「田中助役」という。)は、当務駅長として、原告に対して注意したところ、原告は、「うるさい、お前らに言われる筋合いはない。悔しかったこっちへ来い。」と暴言を吐いて、改札事務室奥の休憩室に入った。

(4) 田中助役は、原告を退去させるために休憩室内に入り、原告に対し、「酒に酔っているようだし、この事務室は現金を扱うところでもあるから室外に出なさい。」などと注意したが、原告は、田中助役がかぶっていた帽子を手で払い落としたうえ、「俺は出ない。お前が出て行けばいい。」などと暴言を吐き、更に、「お前らにがたがた言われることはない。ぶん殴ってやる。」と言いながら、再度田中助役の帽子を手で払い落とした。

田中助役は、立川行最終電車の到着時刻が迫ったため、至急ホームに出場して、進入列車の注視、乗客への案内放送、出発指示合図の業務を行わなければならなかった。ところが、原告が、休憩室入口に立ち塞がり、右手と右足を伸ばして休憩室から出るのを妨害するようにし、田中助役に対し、右肘でその首と顎を約一〇秒間押し上げる暴行を加えて、同助役の業務を妨害した。田中助役は、走って下りホームに降り、ようやく客扱い及び出発指示合図を行ったが、進入列車の注視及び乗客への案内放送を行うことができなかった。

(5) 田中助役が立川行最終電車を見送った後、原告は、上りホームから下りホームにいた田中助役の方に向かって右腕を突き出して、「皆さん、そこにいる者は国労つぶしの田中助役という者です。」、「おい田中、おい田中、不当労働行為も平気でやる悪いやつ。田中助役、お前が首になればよい。」などと大声で怒鳴った。当時、両ホームにはそれぞれ数名の乗客がこの様子を見ていた。

(6) 同日午後一一時四九分頃、田中助役が柵外コンコースでタクシー乗場の案内をしていると、原告が、再び改札事務室内の放送設備を使って、「国労つぶしの田中助役さん・・・」と放送を始めた。田中助役は、外に出るようにとの注意を与えたが、原告は、これに従わず、事務室内から、コンコースにいた乗客及び改札を通過する乗客に対し、「ここにいるのが国労つぶしの田中助役です。」とわめき出した。

(7) そこで、田中助役は、出札担当の社員に対し、警察を呼ぶように指示した。同日午後一一時五六分頃警察官四名が到着したが、この間、原告は、改札を通る乗客に向かって、コンコースにいた田中助役を指差しながら、「あそこにいる者は、悪い助役です。」などと叫び続けていた。田中助役は、休憩室において、原告に対し、「当務駅長として指示する。事務室から出なさい。」と二回指示したが、原告は、「川崎行最終電車まで出ない。」と言って、長椅子に座ったままであった。

(8) 原告は、翌二七日午前〇時一四分頃、上りホームにおいて、川崎行最終電車の進入状態を注視していた田中助役に対し、背後から近づいて、「馬鹿野郎。」と言いながら、雑誌を丸めたもので田中助役の後頭部を強く殴打し、そのまま右電車に乗って帰った。田中助役は、右暴行及び前記の休憩室内における首と顎を押し上げる暴行を受けたことにより、頚椎捻挫の傷害を負った。

(9) 以上の原告の行為は、いずれもその態様が極めて悪質であり、生じた結果も重大である。また、国鉄時代に職場規律の乱れを国鉄再建委員会から指摘され、職場規律の是正が国鉄改革の重要な目的となったという経緯から、被告は、職場秩序の維持を再重要課題と考えて、これに取り組んできたところ、原告の行為は、被告が発足して間もない時期において、武蔵小杉駅における職場秩序を著しく乱したものであって、職場規律の維持、確立を目指す被告の方針に真向から反し、職場秩序の維持を通して安全確実な輸送及び親切な旅客サービスを行おうとする被告の業務の根幹を侵害するものであった。原告の右一連の行為は、就業規則一四〇条一項一二号の「その他著しく不都合な行為を行った場合」に該当する。また、前記の利用者が見聞し得る状況で管理者を誹謗中傷した行為は、同規則一三条の「社員は、会社の信用を傷つけ、又はその名誉を汚すような行為をしてはならない。」との規定に違反し、同規則一四〇条一項一号の「法令、会社の諸規程等に違反した場合」にも該当する。

(二) 懲戒権濫用について

昭和六三年一月二六日夜から翌二七日にかけての原告の行為は、極めて悪質なものであって、被告の企業秩序が著しく乱された。しかも、原告は、昭和六二年六月一二日に厳重注意を受けるなど勤務成績が良好でないうえ、日頃から管理者に反抗的であって、原告の日常の勤務態度には、原告の有利に斟酌すべき事情が存在しない。したがって、本件懲戒処分は、社会通念上も相当な処分であり、有効なものである。

(三) 不当労働行為について

本件は、昭和六三年一月二六日夜から翌二七日にかけての原告の一連の行為を理由に、原告を懲戒解雇したという事案であって、被告が本件懲戒処分にあたって、原告の労働組合活動や組合所属を考慮した事実はないから、本件懲戒処分が不当労働行為に当たる余地はない。およそ、労働組合の所属如何にかかわらず、本件のような行為が行われた場合には、懲戒解雇されることはやむを得ない。

2  原告

(一) 懲戒事由について

(1) 旧国鉄当局は、昭和五七年の第二臨時行政調査会及び昭和六〇年の国鉄再建管理委員会の答申によって国鉄の分割民営化が問題となって以降、最終的にこれを支持した動労、鉄労、全施労と労使協調で分割民営化を推進する一方で、これに反対する国労を破壊することを企て、国労組合員に対し、脱退強要はもとより、強制収容所と評された人材活用センターへの強制配転など様々な不当労働行為を行い、そのため、圧倒的多数を組織していた国労は、昭和六一年五月以降、毎月一万人も減り続ける状況となった。そして、国鉄当局の更なる攻撃が新会社への国労組合員の不採用であり、北海道と九州を中心に約五〇〇〇名の組合員が採用されず、事実上解雇された。された。

被告発足後の現在においても、国労組合員に対する配属、出向に関する差別、選別があらゆる職場で行われている。また、被告は、国労を弱体化させるために、懲戒権を最大限に利用するという方針を一貫してとり、被告の現場では、国労組合員に対し、およそ処分理由になりえない問題を取り上げて戒告処分や訓告処分が発令されたり、他の労組員よりも重い処分が繰り返されている。更に、被告は、当局の不当労働行為に対する国労組合員の抗議行動を住居侵入罪、不退去罪、暴行罪などの犯罪行為と同視し、刑事事件として立件する指示まで出した。

(2) 被告は、武蔵小杉駅分会(以下「分会」という。)及びその先頭に立ってきた原告を一貫して敵視し、数々の不当労働行為を行ってきた。すなわち、分会が同駅職員二五名中一九名を組織していたことから、市村駅長、田中助役らは、国労組合員を個別に呼び出し、分割・民営化後の雇用問題を利用して国労からの脱退を執拗に迫るなど、手段を選ばない国労攻撃を行った。これに対し、分会は、当局の右脱退工作によって一旦は脱退を表明した者への説得活動を行って、国労からの大量脱退を阻止した。また、当局が意識改革を口実に労働者に押しつけようとした勤務時間外のオレンジカードの販売等を拒否したり、田中助役ら同駅当局の杜撰な業務処理を暴露するなどの活動を積極的に行い、原告は、分会長としてこれらの活動の先頭に立って奮闘してきた。こうした状況に業を煮やした当局は、同分会を弱体化するため、昭和六一年一一月原告を新宿人材活用センターに、その直後には笠井副分会長を町田駅に配転したが、原告は、右配転後も分会長の地位にとどまった。

原告は、昭和六二年四月被告に採用されたが、同年三月一〇日事業部兼務と称して八王子講習室に、同年五月二〇日東京要員機動センター立川支所に配転され、更に、同年六月二六日には新宿要員機動センターに配転され、駅構内の自動販売機の罐の入替え作業に従事させられるなどして、徹底した差別を受けた。また、武蔵小杉駅では、被告発足後も、国労バッチ着用を理由とするボーナスカットの強行、当局による個別面談が繰り返されるなど執拗な国労潰しが行われた。原告は、昭和六二年三月で他の分会に所属し、分会長を降りたが、その後も引き続き武蔵小杉駅に出向いては分会の組合員を励まし、被告の不当労働行為に抗議してきた。

(3) 田中助役は、右のような武蔵小杉駅当局の分会と原告に対する攻撃において積極的な役割を果たした。すなわち、田中助役は、人材活用センターへの配転を通告された原告に対し、「駅長がそう言うんだから、今日にでも行ってもらう。」、「とにかくあなたはこの駅に居てもらうわけにはいかない。」となどと暴言を吐いた。しかも、田中助役は、業務の上でも何回か不祥事を起こし、組合ニュースを組合掲示板から剥がして破り捨てるという暴挙まで行ったうえ、原告が分会長として武蔵小杉駅に赴いた際にも原告が他の組合員と話すことさえ妨害したり、新会社発足後も「バッヂをつけたり、点呼に答えなかったりすると、事業部に飛ばすぞ。」と分会員を恫喝するなど、国労攻撃の中心を担っていた。

(4) 本件当日夜、原告は、武蔵小杉駅近くで行われた同駅分会の旗開きに出席したが、右旗開きは、品川駅に配転される分会員鈴木の送別会を兼ねて行われた。原告は、その席上、当局から執拗な脱退強要を受けていた分会員林が国労を脱退したという話しを聞かされた。また、原告は、右鈴木が配転と同時に国労を脱退することを知っていたが、他の組合員の手前これを公にすることもできず、強い憤りと悔しさで一杯であった。右両名の国労脱退は、国労及び原告に対する攻撃の中心的役割を果たした田中助役の仕業であることは明らかであった。原告は、武蔵小杉駅の当夜の勤務助役が田中助役であることを知り、酒の勢いもあって、帰宅途中、田中助役に対し、不当労働行為を抗議しようとしたのである。

(5) 被告が主張する懲戒事由のうち、田中助役に対する暴行・傷害及び業務妨害の事実は存在せず、その余の行為も些細なものであるから、懲戒解雇の合理的理由がない。すなわち、原告が休憩室出入口で田中助役が休憩室から出るのを妨げようとした際、分会旗開きに原告とともに出席した千葉進(以下「千葉」という。)が原告の前に立って抱きつくようにしたため、原告は、田中助役に対し、その首を押し上げる暴行を加えられる状況にはなかったし、現に暴行を加えてはいないから、右暴行及び業務妨害の事実はなかった。ホーム上の暴行についても、原告は、雑誌で田中助役の背中を軽く叩いたにすぎない。原告のマイクによる田中助役の呼出行為については、僅かな時間の使用にすぎないうえ、実際にマイクを使用して職場の同僚を呼び出すこともあるから、駅利用者には単なる業務上の呼出しとしてしか聞こえず、駅の利用者には何ら影響を与えなかった。また、改札事務室に滞留した行為についても、社員が改札事務室に立ち寄ることは通常のことであり、殊更原告だけを問題にするほうがおかしい。更に、原告と田中助役との遣り取りは言い争いの域にとどまり、原告が同助役の帽子を払い落とした行為も同助役の挑発的言動に対するものであって、それ自体傷害を与えたり、業務妨害となるようなものではない。

(二) 懲戒権の濫用について

前記(一)及び次の事情に照らせば、本件に懲戒解雇をもって臨むべき合理的理由はないから、本件懲戒処分は、懲戒権の濫用であって無効である。

(1) 昭和六三年一月二六日夜から翌二七日にかけての原告の行動は、分会に対する当局の数々の不当労働行為に抗議しようとしたのが動機であって、原告のこの心情は、前記(一)の背景事情に照らせば、十分理解できるものである。そして、原告の抗議に若干の行き過ぎがあったとしても、不当労働行為という違法行為を放置して、そのことに抗議した原告のみを解雇することは許されない。

(2) 原告の行為は、たまたま田中助役が当直として勤務していたこと及び酒に酔った勢いによる偶発的なものにすぎない。また、被告には具体的な被害はなく、職場規律についても、被告は、これを組合攻撃のために用いているにすぎず、原告の行為によって職場規律がそれほど乱される事態にまでは至っていない。

(3) 原告が自認書を提出して十分な反省の意を示しているにもかかわらず、被告は、事情聴取をしないでいきなり原告を懲戒解雇した。しかも、自認書の提出をもって処分が終了ないし留保されるのが会社の慣例であったことから、原告はもとより直属の上司ら当時の関係者は、自認書の提出をもって本件に関する処分は終了するものと考えていた。

(4) 原告は、国鉄時代から通算すると三〇年間勤務し、定年を間近に控えていた。組合活動を除いては処分歴はなく、逆に昭和五七年抜擢昇給という特別昇給を受けたうえ、六二年一〇月には功績賞を受け、東京西局の中で武蔵小杉駅が高く評価される中心的な役割を果たした。

(三) 不当労働行為について

前記(一)の事情に加え、以下の諸事情を考慮すると、本件懲戒処分は、原告の国労組合員としての活動を嫌悪し、被告から排除することを企図してされたものであって、不当労働行為に該当し無効である。

(1) 被告は、原告に自認書を提出させた後、田中助役と原告と言い分が相反していたにもかかわらず、原告から再度の事情聴取もしないで、自認書で触れられていない事由に基づいて、いきなり本件懲戒処分を強行した。このような手続の経過からみると、被告は、原告を排除するための口実を探していたとしか考えられない。

(2) 本件後、警察は、田中助役に警察病院で診断を受けさせ、武蔵小杉駅の現場検証を行い、本件当時現場にいた社員を参考人として取り調べるなど、大規模な捜査活動を行っている。これは、被告の警察に対する要請に基づくものと考えるほかない。このように、原告から事実確認をしないでいきなり刑事事件にしようとする被告の本件に対する対応は、あまりにも異常である。

(3) 当時の武蔵小杉駅長は、本件のあった翌日、田中助役の報告を受けただけで、関係者に事実の確認を行う前に、わざわざ国労組合員のところに来て、「岡村がひどいことをやったそうじゃないか、私は絶対許さないぞ。」などと断定的な発言をした。これは、国労組合員としての活動の故に原告を敵視し、原告の組合活動を理由としてされた本件懲戒処分の本質を示すものである。

(4) 被告は、国労組合員を差別し、国労を弱体化するために、懲戒処分を最大限に利用するという方針を一貫としてとってきた。事実、本件懲戒処分は、被告で発生した他の懲戒事例と比較しても、極めて不均衡である。例えば、平成元年当時の赤羽駅長が助役三名とともに被告の主催するツアーを引率した際、助役から服装の整正を注意されて暴力を振るったが、同駅長は、何ら処分を受けることなく関連会社の総務部調査役に出向した。また、中央線韮崎駅、四方津元駅長は、施設内での酒気帯び、飲酒行為を行いながら、減給、厳重注意で済まされた。更に、軽井沢駅において、昭和六二年四月六日、首席助役が国労組合員に対し、職務執行中に暴行を加え全治一週間の傷害を負わせるという事件が発生したが、同助役は、何らの処分も受けなかった。

第三争点に対する判断

一  本件懲戒事由の存否

1  (証拠・人証略)及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

(一) 原告は、昭和六三年一月二六日夜、武蔵小杉駅近くで行われた同駅分会の旗開きに出席した。右旗開きは、午後六時から九時過ぎ頃まで、品川駅に配転される分会員鈴木清春の送別会を兼ねて行われた。原告は、その席上、分会員林が昭和六二年一二月限りで国労を脱退したという話しを聞かされた。また、原告は、右鈴木が配転と同時に国労を脱退することを知っていたが、他の組合員の手前これを公にすることができなかった。そして、原告は、二次会に出席し、林と鈴木の国労脱退が田中助役を含む武蔵小杉駅当局の脱退工作によるものと考え、腹立だしい気持になって、同日午後一一時一五分過ぎ頃まで水割を一〇杯くらい飲んだ。

(二) 原告は、二次会を終えた後、分会の組合員から当日夜の当務駅長が田中助役であることを聞き知り、同助役を探すことにした。そして、原告は、同日午後一一時三〇分頃、まず同駅出札窓口に赴き、出札の徹夜勤務に従事していた丸山社員に対し、「ドアーを開けてくれ。」と言って、社員通路出入口のドアーを開けさせて、社員通路に入った。原告は、駅長事務室に入ろうとしたが、鍵が掛けられていたため、社員通路出入口のドアーから一旦柵外コンコースに出た。

(三) 原告は、午後一一時三三分頃、入札担当者から田中助役がホームにいると聞いて、同駅改札事務室内精算所に立ち入り、その場にいた田島社員から構内放送用のマイクの使用方法を教わり、これを無断で使用して、同駅構内全域に「国労つぶしの田中助役さん、本屋改札事務室まで。」と二度繰り返して放送した。

当務駅長として勤務中であった田中助役は、柵内コンコースを巡回中に右放送をきき、放送を止めさせるため直ちに改札事務室に赴き、マイクを手にしていた原告に対し、改札事務室の外から窓越しに「放送をやめて事務室から出なさい。」と注意したが、原告は、「うるさい、お前らにがたがた言われることはない。くやしかったらこっちへ来い。」などと言って、改札事務室奥の休憩室に入って行った。

(四) 田中助役は、改札事務室に入り、マイクを片づけているときに、旗開きに出席した千葉社員が改札事務室に入ってきたので、同社員に対し、すぐに帰るように指示した。田中助役は、改札事務室が金銭を保管する場所であることから、原告を退去させるために休憩室内に入り、長椅子に座っていた原告に対し、「現金もあるし、この場所からすぐ出なさい。」、「放送機器を無断で使うことはやめなさい。」などと言って、改札事務室から退去することを命じ、更に、原告が酒に酔っていたことも併せて注意した。これに対し、原告は、「うるさい、お前らにがたがた言われることはない。」と言って、長椅子から立ち上がり、田中助役がかぶっていた帽子を左手で払い落とし、「俺は出ない。お前、出て行け。」、「俺は、お客だ。お客に対して出ろとは何だ。」などと暴言を吐いたうえ、「うるさい、がたがた言うな。ぶん殴ってやる。」と言いながら、再度田中助役の帽子を払い落とした。

(五) 田中助役は、二三時四〇分発の立川行最終電車の到着時刻が迫ったため、至急ホームに出場して、客扱い、進入電車の注視及び出発指示合図の業務を行わなければならなかった。右の出発指示合図は、鉄道輸送上重要とされる合図で、ホーム上にいる駅長又は駅長から指定される係員から車掌に出され、夜間は緑色灯を高く掲げる方式によって行われる。南武線武蔵小杉駅はこの出発指示合図を行う駅に該当し、また、出発指示合図を行う列車として行先別最終電車が指定され、右の立川行最終電車もこれに該当する。行先別最終電車に出発指示合図が必要とされる理由は、乗客の乗遅れを防止すること、各ターミナル駅における接続のため定刻発車を励行することにある。当夜は、駅長が帰宅して不在であることから、出発指示合図は、駅長の補佐又は代理を職務内容とする田中助役の業務であった。

(六) ところが、原告は、昭和四九年九月から昭和六一年一一月まで武蔵小杉駅に勤務し、出発指示合図の業務の重要性、当夜の出発指示合図が田中助役の業務であることを知りながら、休憩室出入口に立ち塞がり、壁に背をつけて、右手と右足を伸ばして柱に掛け、田中助役が休憩室から出るのを妨害する態度を示した。そこで、田中助役は、柵外コンコースへ出るドアから出ようとしたが、右ドアがすぐには開かなかったため、原告に対し、「立川行最終電車が来るからそこをどきなさい。」と命令したうえで、休憩室出入口に近づき原告の脇を通って出ようとしたところ、原告は、田中助役に対し、右肘でその首と顎を押し上げる暴行を加えた。その際、改札ラッチにいた山本浩志社員は、立川行最終電車が入ってきたことを知らせるためにブザーを鳴らし、改札事務室内にいた田島淳社員は、田中助役に対し、「助役さん、立川行電車が入って来ますよ。」と知らせた。田中助役は、妨害している原告の右足を跨いで外に出て、走って下りホームに降り、ようやく客扱い、出発指示合図の業務を行うことができたが、進入列車の注視義務、乗客への案内放送を行うことができなかった。田中助役は、右暴行により、後記(二)のとおりの傷害を負った。

(七) 田中助役が、立川行最終電車を見送った後、付近を清掃していると、上りホームにいた原告は、下りホームにいた同助役の方に右腕を突き出し、同助役に対し、「そこにいるのは悪い助役です。」、「私は、一〇年間武蔵小杉駅の分会長をやっておりましたが、府中本町駅から駅長とそこの助役が国労つぶしにやって来て、私は、現在清算事業団でジュース入れの仕事をやらされております。」、「おい田中、おい田中。」、「悪いことを平気でやる悪いやつ、お前が首になればいい。」などと暴言を吐いた。当時上り及び下りホームにはそれぞれ数名の乗客がいたので、田中助役は、原告に対し、「馬鹿なことを言うのはやめなさい。JRのイメージも悪くなる。あなたの恥にもなる。」と注意したが、原告は、田中助役に対する暴言を繰り返した。ホーム上に利用者が次第に増えてきたので、田中助役は、自分がいなくなれば、原告もおとなしくなり、次の電車に乗って帰宅するであろうと考えて、階段を上ってコンコースに行った。

(八) ところが、原告は、午後一一時四九分頃、再び改札事務室に立ち戻り、マイクを使用して、「国労つぶしの田中助役さん。」という放送を二回繰り返した。田中助役は、自動販売機前で乗客にタクシー乗場の案内をしていたが、右放送を聞いて直ちに改札事務室に赴き、改札事務室の外から窓越しに「放送をやめて事務室から出なさい。」と注意した後、改札事務室に入り、原告が持っていたマイクを取り上げた。更に、田中助役は、原告に対し、帰るようにとの注意を与えたが、原告は、これに従わず、改札事務室窓から外に身を乗り出して、コンコースにいた乗客及び改札を通過する乗客に対し、「ここにいるのは国労つぶしの田中助役です。」と怒鳴り始めた。そこで、田中助役は、原告に対し、警察官の出動を要請する旨を告げたが、原告は、「警察を呼ぶなら早く呼べ。」などと叫んだ。付近にいた乗客は、原告の右言動に驚いてしばらく立ち止まって見ていた。

(九) 田中助役は、出札事務室に行き、出札担当者に対し、警察を呼ぶように指示したうえで、出札事務室前で警察官が到着するのを待っていた。この間、原告は、相変わらず、改札事務室窓から外に身を乗り出して、「あそこにいるのが国労つぶしの田中助役です。」と怒鳴っていたが、警察官らが午後一一時五六分頃到着すると、休憩室内に入った。田中助役が、到着した警察官らとともに休憩室内に入り、長椅子に座っていた原告の前で、警察官らに事情を説明していた際、原告は、「こうやってか。」と言いながら、田中助役の帽子を手で払い落とした。田中助役は、警察官の前で、原告に対し、「当務駅長として指示する。この事務室から出なさい。」と二度指示したが、原告は、「俺は出ない。川崎行終電車で帰る。」と言って、長椅子に座ったままで動こうとしなかった。やむなく田中助役は、稲城長沼行きの終電車扱いに出た。

(一〇) その後、休憩室を出た原告は、翌二七日午前〇時一四分頃、上りホームにおいて、川崎行最終電車の扱いのためホームに出ていた田中助役に対し、背後から近づき、「馬鹿野郎。」と言いながら、丸めた雑誌で田中助役の後頭部を殴った後、右電車に乗って帰宅した。山本社員は、右殴打行為を同じホームの三〇メートル位離れた所で目撃した。

(一一) 田中助役は、翌二七日の午後、新宿中央鉄道病院で診察を受け、「頚椎捻挫、昭和六三年一月二七日から同年二月二日迄就業通院」との診断を受けた。頚椎捻挫の傷害は、担当の卞医師が、詐病ではないか過剰主訴ではないかといった検査手段(トリック)を用いたうえで、特に不審を抱かずに診断したものであった。その症状は、動作時痛みあり、可動域に軽度の制限あり、頚部左側に圧痛あり、スパーリング、ジャクソン検査は陰性、同検査により両側の頚部痛誘発、エックス線、ホフマン及びワルテンベルグ検査は異常なし、との所見であり、湿布と中等度の投薬を受けた。その後、田中助役は、同病院に一度も通院しなかった。

(一二) 原告は、右同日の午後、東京要員機動センターの所長、副所長及び田島助役から前日の武蔵小杉駅における原告の行動について、事情を聞かれ、その後、更に、同センター会議室において、東京圏運行本部総務部人事課勤務係長、運輸部管理課員、総務部勤労課員から事情聴取を受けた。その際、原告は、前日夜の武蔵小杉駅における原告の行動の一部を認めたものの、暴言、業務妨害及び暴行等の事実を否認した。その後、原告は、昭和六三年一月三〇日、右所長らから提出を求められていた東京圏運行本部長宛自認書を提出し、右同日に予定されていた再度の事情聴取が中止された。以上の認定に反する(人証略)の結果は、前掲証拠に照らして、措信することができない。

なお、原告は、休憩室出入口(約八〇センチメートル幅)で田中助役が休憩室から出るのを妨げようとした際、千葉が原告の前に立って抱きつくようにしたため、田中助役に対し、首を押し上げる暴行を加えられる状況にはなく、暴行を加えてはいないと主張し、原告本人及び(人証略)はこれに沿う供述をする。しかしながら、仮に、右のような事実があれば、改札事務室内にいた田島社員あるいは入札ラッチ内の山本社員が右の状況あるいは休憩室から出てきた千葉を目撃していたはずであるが、両社員は、いずれもこれを目撃していない(<人証略>)。もっとも、当時改札事務室内にいた赤木は、当審証人尋問において、千葉が休憩室内にいた趣旨の供述をしているが、赤木は、本件の翌朝に駅長から事情聴取を受けた際には、「自分は良く分からない、田島と山本が見ているんだからそっちに聞いてくれ。」と述べただけで、千葉が事情を良く把握しているはずであることを説明しなかったこと(人証略)、しかも、千葉が当審で証言する以前の平成元年春、田島社員に対し、千葉が改札事務室内にいたことを否定する趣旨の発言をしていることからすれば、(<人証略>)、赤木の右供述をそのまま信用することはできない。以上に加えて、田中助役が休憩室から出ようとした時点での千葉の存在を否定する(人証略)を合わせれば、右時点で千葉が休憩室内にいたことは疑わしく、原告本人及び(人証略)の前記供述はにわかに措信することができない。これに対し、休憩室出入口で首と顎を押し上げる暴行を加えられたとする(人証略)は、右暴行自体についてはこれを直接裏付けるに足りる証拠はないものの、右暴行を除くその直前及び直後の一連の状況は他の証人の供述によって裏付けられ、その状況からみても、原告の田中助役に対する右暴行が行われたとみることは不合理でないこと、田中助役は、本件の翌日、医師の診察を受け、頸椎捻挫の診断を受けているが、右暴行以外に他の原因を認めるに足りる証拠がないことからすれば、(人証略)は、原告本人及び(人証略)の前記供述よりもその信用性において勝り、これによれば、前記認定したとおり、原告は、立川行最終電車の扱いのため下りホームに行こうとした田中助役に対し、右肘でその首と顎を押し上げる暴行を加えたものと認めることができる。したがって、原告の前記主張は採用することができない。

2  就業規則一三条は、「社員は、会社の信用を傷つけ、又はその名誉を汚すような行為をしてはならない。」と規定し、同規則一四〇条一項は、「法令、会社の諸規程等に違反した場合」(一号)及び「その他著しく不都合な行為を行った場合」(一二号)を懲戒事由として規定している(<証拠略>)。

そして、前記1で認定した事実によれば、昭和六三年一月二六日夜から翌二七日にかけての原告の行為は、<1>武蔵小杉駅の職員でないのに、酒気を帯びて、管理者の許可なくして金銭が保管されている改札事務室内に立入り、田中助役から再三にわたり退去を命じられたにもかかわらず、これに従わず、<2>業務用マイクを無断使用して田中助役を誹謗中傷する内容の放送をし、更に、相当数の乗客を前に大声で田中助役を誹謗中傷し、<3>休憩室内において、右肘で田中助役の首と顎を押し上げる暴行を加えて、田中助役に頚部捻挫の傷害を負わせ、また、退去を求めた田中助役の帽子を払い落とし、更には、上りホームにおいて、雑誌で田中助役の後頭部を殴打する暴行を加え、<4>休憩室内において、立川行最終電車の扱いのため下りホームに行こうとした田中助役に対し、出入口に立ち塞がり、右の首と顎を押し上げる暴行を加えるなどして、その業務を妨害し、<5>管理者である田中助役に対し、暴言を吐き続けたものであるということができ、これらの態様・程度からすると、原告の右行為は、著しく企業秩序に違反し、会社の信用を傷つけ、又はその名誉を汚す行為として、就業規則一四〇条一項一号、一二号、同規則一三条所定の懲戒事由に該当するものというべきである。

二  懲戒権の濫用について

1  (証拠・人証略)及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。

(一) 昭和五七年の第二臨時行政調査会の答申及び昭和六〇年七月二六日の国鉄再建管理委員会の答申によって国鉄民営化が問題となって以降、国鉄の各労働組合のこれに対する態度は一致せず、かつ変遷もあったが、最終的には、動労、鉄労、全施労の各組合は、国鉄改革を支持する態度を固め、昭和六一年一月一三日国鉄当局との間で第一次労使共同宣言を締結し、同年七月一八日国鉄改革労働組合協議会を結成した。その後、右改革労協は、国鉄当局との間で、同月三〇日国鉄改革労使協議会の設置に合意し、同年八月二七日には第二次労使共同宣言を締結し、労使協調で国鉄改革のための分割民営化を推進することになった。これに対し、国労は、国鉄の分割民営化に一貫して反対の立場をとり、これを推進しようとする国鉄当局との間の対立関係が生じ、国鉄の分割民営化の過程でその対立関係は更に深刻化した。

(二) 分会においても、国労東京地方本部及び同八王子支部の指令を受けて、国鉄の分割・民営化阻止の行動を進め、同駅当局との間で対立緊張関係が深まった。とりわけ、当時、国鉄分割民営化に向けて行われていた管理者による国労組合員の一部との個別面談について、同駅職員中の多数を組織していた同分会は、国労切崩しのための脱退工作であるとみなし、昭和六一年一〇月以降、分会ニュース等により抗議するとともに、右組合員らの国労脱退を阻止すべく説得活動を行った。また、分会は、同駅当局の業務管理に対する批判を強め、更には、国労東京地方本部、八王子支部の闘争方針を受けて、同年一一月一六日武蔵小杉駅前で国労の分割・民営化の反対行動としてハンガーストライキを実施した。原告は、分会長として、これらの活動の中心を担っていた。なお、それまで組織率が五割を超えていた南武線沿線の各分会は、国鉄分割民営化の過程で過半数を割る状態になったが、武蔵小杉駅においては、分会員が職員の過半数を占めていた。

右のような対立の経緯の中で、原告は、右ハンガーストライキの実施に先立つ同月八日、同月一五日付けで新宿人材活用センターに配転する旨の配転命令を受けたが、原告は、右配転後も分会長の地位にとどまり、武蔵小杉駅における活動を続け、昭和六二年三月に分会長を降りた。

(三) 被告は、昭和六二年四月一日、国鉄のうち東北及び関東地方を中心とした事業を承継したが、被告当局は、分割民営化反対の運動を継続していた国労本部の方針に基づく国労バッヂ、ワッペン着用の闘争に対し、就業規則違反を理由に国労バッヂの着用に対する注意を行い、分会の組合員に対しても夏期手当のカットを行った。また、被告当局は、転勤命令等に対する抗議と称し、部外者を含めた社員の集団が現場長に面会を求め、再三の退去通告に従わず抗議行動を行い、暴力行為に及ぶという事件が発生しているとして、これら抗議行動に対する対処方について、マニュアルを作成し、昭和六三年二月二日付けで各長宛に送付した。

(四) その間、原告は、昭和六二年一月六日、「昭和六一年一〇月一二日九時三七分頃、改札担当として武蔵溝の口駅に助勤の際、業務点呼の前後にかけて管理者に対し不要な暴言を吐いたこと、また同年一〇月一九日一九時四五分頃、酒気を帯びて武蔵小杉駅改札事務室に立ち寄り執務中の職員に対し不要な発言をし、注意した管理者に暴言をはき再三の退去命令に従わなかったこと、更に同年一一月三日一〇時五五分頃、執務中の職員に対し不要な発言をし、これを注意した管理者に暴言をはき再三の退去命令に従わなかったことは、職員として著しく不都合な行為であるため」との事由により、三か月間俸給一〇分の一減給するとの処分を受けた。

また、原告は、昭和六二年四月一日から昭和六二年六月四日の間において、組合バッジ等を着用し度重なる注意・指導に従わなかったことを理由に厳重注意を受けた。

2  被告の就業規則一四一条には、懲戒処分として懲戒解雇、諭旨解雇、出勤停止、減給及び戒告の五種類が規定されているところ(<証拠略>)、右就業規則は、懲戒権者が懲戒処分の対象者に具体的にどの処分を選択すべきかについて、その基準を定めていないから、懲戒権者の裁量に委ねているものと解するのが相当である。そして、懲戒権者は、懲戒事由に該当する行為の動機、態様、結果だけでなく、当該職員のその前後における態度、懲戒処分歴、社会的環境、選択する処分が職員及び社会に与える影響等の諸般の事情を考慮し、企業秩序の維持を確保する見地から相当と判断した処分を決定することができるものと解される。もっとも、懲戒処分のうち懲戒解雇処分は、他の処分と異なり、職員の地位を失わせるという重大な結果を招来するものであるから、懲戒権者は、懲戒解雇処分を選択するに当たっては、他の処分の選択に比して特に慎重な配慮が必要である。

そこで、原告の情状を検討すると、本件懲戒事由は、酒気を帯びて、かつて分会長を務めていた職場に赴き、業務用マイクを無断使用し、管理者を誹謗中傷する内容の放送をして管理者を呼び出し、管理者からの退去命令にも従わず、改札事務室及びホーム上において、管理者に暴言と暴行を加え、傷害を負わせたうえ、乗降客の前で管理者を誹謗中傷する発言を繰り返したというものであって、原告の当夜の一連の行為全体を評価すれば、その態様は、執拗かつ度を過ぎて反抗的なものであること、しかも、前記のとおり、原告は、これまでにも本件と同様、酒気を帯びて駅改札事務室に立ち寄り執務中の職員に対し不要な発言をし、これを注意した管理者に暴言をはき再三の退去命令に従わなかったことなどがあることから、本件は、単なる偶発的な行為とみることができないこと、殊に、原告が出発指示合図等の業務の重要性を認識しながら、暴行等により田中助役の行う右業務を故意に妨害した行為は、列車運行を阻害する具体的危険性のある行為であり、かつ多数の利用者に多大な迷惑をかけるおそれがあったこと、原告の当夜の行動が田中助役の分会に対する態度に抗議しようとしたのが動機であるとしても、原告の行為は、抗議の手段・方法の点で著しく常識を欠くものであって、正当な抗議行為ということはできないこと、当夜の原告の一連の行為に対する管理者の対応措置には何らの問題がなかったこと等に照らしてみると、被告の社員として看過できない非行といわざるをえない。そうすると、原告の暴行による田中助役の傷害の程度が継続的な治療を要しない程度の軽微なものであったこと、原告の一連の行為が酔余のものであること、実際上列車運行に支障を及ぼさなかったこと等の諸事情を考慮しても、被告が懲戒処分のうち最も重い懲戒解雇処分を選択したことをもって、社会通念上合理性を欠くということはできない。

原告は、田中助役に対する暴行・傷害及び業務妨害の事実は存在せず、その余の行為も些細なものであるから、懲戒解雇の合理的理由が存在しないと主張するが、前記認定したとおり、暴行・傷害及び業務妨害の事実が認められるうえ、原告の一連の行為の態様は、執拗かつ反抗的なものであるから、原告の行為を些細なものということはできない。したがって、原告の右主張は理由がない。

また、原告が被告管理者の求めに応じて自認書を提出したことは、前記のとおりであるところ、原告は、被告においては自認書の提出で処分手続が終局するとの慣例があったと主張するが、一般に、自認書は、自ら行った事実を明らかにして、懲戒処分の一資料とするために作成されるにすぎないものであって、本件全証拠によっても、非違行為の情状如何にかかわらず、自認書を提出しさえすれば懲戒処分をしないとの慣例があったと認められず、しかも、この自認書は、被告が賞罰に関する協議決定を経たうえで原告の処分を自認書でもって終局させる意図に基づいて原告に提出を求めたものとも認められないのであるから、原告のこの点に関する主張は理由がない。

更に、原告は、被告が、田中助役と原告の言い分が暴行等の重要な事実の点で相反していたにもかかわらず、被告が原告から再度の事情聴取をしないまま、原告を懲戒解雇したことを問擬するが、このような場合に再度の事情聴取を義務づける手続規定はないうえ、被告は本件の翌日に原告に弁解の機会を与え、現場にいた他の社員からも事情聴取したうえで、再度の事情聴取をしないでも懲戒解雇するに足る事由が認められると判断して懲戒解雇をしたものであり、しかも、被告の右判断に誤りがなかったことも前記のとおりであるから、被告が再度の事情聴取しなかったことが違法であるとする余地はない。

3  したがって、本件懲戒処分が裁量権の濫用であり無効であるとの原告の主張は理由がない。

三  不当労働行為について

1  原告は、本件懲戒処分は、原告が国労組合員であることを嫌悪し、被告から排除する意図に基づいてされたものであって、不当労働行為に該当すると主張する。

しかしながら、前記二1で認定したとおり、国鉄の分割民営化の過程で国鉄当局と国労との間の対立緊張関係が深刻化し、原告も国労武蔵小杉駅分会の分会長として国鉄の分割民営化に反対する組合活動を活発に行っていたこと、被告発足後においても、右の対立関係は解消されることなく、被告当局と国労との間でそのまま維持されたことが認められるが、他方で、本件懲戒事由は、前記のとおり、酒気を帯びて、かって分会長を努めていた職場に赴き、業務用マイクを無断使用して、管理者を誹謗中傷する内容の放送をして管理者を呼出し、管理者からの退去命令にも従わず、改札事務室あるいはホーム上において、管理者に暴言と暴行を加えて傷害を負わせたうえ、利用者の前で管理者を誹謗中傷する発言を繰り返したというものであって、正当な組合活動とはいえないことはもとより、そもそも国労の組合員であるか否かを問わず懲戒解雇の理由となるものであることからすれば、被告が原告の国労組合員としての活動を嫌悪し、被告から排除する意図に基づいて本件懲戒処分をしたとみることは困難というほかない。

2  なお、原告は、<1>原告に自認書を提出させながら、再度の事情聴取をしないで、自認書で触れられていない事由に基づいて本件懲戒処分を強行したこと、<2>事実確認もせずに刑事事件にしようとした被告の対応が異常であること、<3>武蔵小杉駅長が、本件行為の翌日、事実確認もしないで原告の行為について断定的な発言をしていること、<4>被告で発生した他の懲戒事例と比較して不均衡な処分であることは、被告が原告の国労組合員としての活動を嫌悪して本件懲戒処分をしたことを裏付けるものであると主張するが、右のうち、<1>ないし<3>の主張が理由のないことは、これまで検討してきたところからみて明らかである。また、<4>についても、原告があげる事例が、本件と同等あるいはより重大な事案であることを認めるに足りる証拠はないから、本件懲戒処分が右事例に比して不均衡なものであるということはできない。

3  したがって、本件懲戒処分が不当労働行為であるとする原告の主張は理由がない。

四  以上によれば、原告の本件請求はいずれも理由がないから、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 遠藤賢治 裁判官 坂本宗一 裁判官 塩田直也)

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